音楽評論家 湯川れい子さんの波乱万丈な人生

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2024/08/01 徹子の部屋

湯川れい子さんといえば、いつもエネルギッシュでお洒落な音楽評論家として知られていますが、今年1月に3週間の入院を経験されました。その背景には、元旦那さんの死去や相続問題、そして母親代わりに育ててくれた97歳のお姉さんの死など、立て続けに大切な人を失う経験がありました。

湯川さんは今年88歳になられましたが、これまでの人生は波乱に富んだものでした。特に結婚生活については興味深いエピソードがあります。

運命的な出会い:ビデオデッキとエルビス・プレスリー

湯川れい子さんが36歳の時、ある運命的な出会いがありました。1973年、ハワイでのエルビス・プレスリーのコンサートに200人のツアーを引率した湯川さん。その中に後の旦那さんとなる男性がいました。彼はビデオデッキのセールスマンで、当時まだ珍しかった家庭用ビデオレコーダーを湯川さんに売り込もうと考えていたのです。

エルビスのコンサート後、彼は湯川さんに録画したコンサートを見せ、ビデオデッキの魅力を伝えました。高額だったにも関わらず、湯川さんは2年ローンでビデオデッキを購入。この出来事が二人の関係を深めるきっかけとなりました。

波乱の結婚生活:バブル崩壊と家庭の危機

結婚後、湯川さん夫婦の生活は順調に見えました。しかし、バブル経済の崩壊により状況は一変します。旦那さんは株で大失敗し、借金を抱えることに。さらに、二人で建てた家までもが抵当に入れられ、競売にかけられる危機に陥りました。

そんな中、さらなる衝撃が待っていました。旦那さんには別の女性との間に子供ができていたのです。突然の置き手紙で事実を知らされた湯川さんは、大きなショックを受けます。この出来事により、家庭は崩壊の危機に直面しました。

別れと和解:人生の皮肉な展開

紆余曲折を経て、湯川さんは旦那さんと離婚します。しかし、時間が経つにつれ、意外な展開が待っていました。元旦那さんは新しい家庭を持ちましたが、そちらもうまくいかず、結局離婚。その後、湯川さんと元旦那さんの関係は徐々に改善していきます。

特に、湯川さんの息子に子供ができたことをきっかけに、元旦那さんは孫を溺愛するようになります。最終的には、二人は親友のような、戦友のような関係になったといいます。人生の皮肉とも言えるこの展開に、湯川さん自身も驚いていたようです。

最後の別れ:コロナ禍での看取り

一昨年、元旦那さんはコロナウイルスに感染します。一度は回復したものの、その後脳梗塞と心筋梗塞で意識不明となってしまいます。24日間、意識が戻ることはありませんでした。

コロナ禍という特殊な状況下、湯川さんと息子は看病に奔走します。特に息子は、自身の仕事の状況もあり、ほぼ付きっきりで父親の世話をしました。最終的に、元旦那さんは意識が戻らないまま亡くなりました。通夜と葬儀は湯川さんの家で行われ、複雑な家族関係の中での葬儀となりました。

心の整理:予想外の感情との対峙

これらの経験を通じて、湯川さんは自身の感情の変化に驚きます。元旦那さんへの複雑な思いや、亡くなった親友への想いなど、予想外の感情に直面したのです。

特に、親友の死に対する自身の反応に驚いたといいます。「もしかしたら私、あの人を好きだったの?」と自問自答するほどの衝撃だったそうです。これらの感情の渦に巻き込まれ、一時的に体調を崩すほどでした。

新たな挑戦:88歳の音楽プロデューサー

苦難を乗り越え、湯川さんは新たな挑戦を始めます。「エターナル」と名付けた大人向けの歌のコンテストを開催したのです。シャンソンに代わる、日本独自の大人の歌を作ろうと、全国から作詞作曲を公募しました。

このプロジェクトには、プロの歌手から新人まで幅広い参加があり、湯川さんの音楽への情熱が垣間見えます。88歳になった今も、新しいことに挑戦し続ける湯川さんの姿勢は、多くの人々に勇気を与えています。

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